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大阪が好き!
C:オフィス・メイを設立されるまでのことを、お聞かせいただけますか。
90年に、勤めていた会社を退職して、夫の転勤先である大阪にやって来ました。その時、30代半ばだったのですが、転職先を探していて驚きました。いくらPRのキャリアを積んでいても、転職できるのは27〜8歳までというのが、大阪の常識だったのです。これは、東京とは大きな違いでした。そうしているうちに、ビジネススクールを修了し、日本女性エグゼクティブ協会(代表:中村紀子さん)という女性の管理職が集まった協会があるのですが、そのご縁をいただき、託児サービスの関西拠点設立のPRをお手伝いするようになりました。ところが、PRも成功して知名度が上がるにつれて、託児サービスが忙しくなり、ベビーシッターに出掛けることも。どうしても、商都大阪でPRの仕事をしていきたかったので、ある会社の顧問を経て、独立しました。
C:正直なところ、希望する就職先がなかったから起業されたという部分が大きいのでしょうか。
そんな感じです。(笑)
C:東京に比べると、大阪でのPRの仕事は非常に少ないそうですが、起業されて初めてのお仕事について教えていただけますか。
最初の仕事は、大阪みやげのPRでした。当時、大阪駅で一番売れている土産物は、京都の「おたべ」でした。これではいけないと、大阪・道頓堀のハリボテ看板で有名な『くいだおれ人形・かに道楽のかに・づぼらやのふぐ』、いわゆる「なにわ御三家」を模ったミニチュアキーホルダーが新発売され、そのPRをお手伝いさせていただきました。そう言えば、世界陸上大阪大会2007の開会式に、くいだおれ人形の姿をしたパフォーマーが登場していました。遂に、大阪から世界へ跳んでいましたね。
大阪のお土産としてのキーホルダーでしたので、大阪を訪れる観光客向けに大阪府内でのみ販売されましたが、果たして地元大阪の女子高生や女子大生、OL中心に大人気となり、数百万個販売されました。全国で販売させて欲しいと大手卸業者からの依頼もあったそうですが、これを企画した意図はあくまでも「大阪みやげ」であり、「他のエリアで販売するのであれば、大阪土産でなくなります」と、社長に進言しました。現在でも、大阪の至る所でお土産品として並んでいます。今では、グリコランナーやカイゲンなども仲間入りし、種類も増えています。携帯ストラップや根付等、時代のニーズに合わせたグッズも登場し、日々進化しています。これらの商品には、それぞれの本店の電話番号が入っていて、従来の、マッチなどに代表される無料頒布の販促ツールから、顧客が購入する販促ツールへと、新しい流れができたという側面もありました。最初は、いたずら電話が増えるのではないかと心配されましたが、実際は予約の電話がかかってきたそうです。なかには、「えっ!本物だ!」と言って電話を切る人もいたそうです。今でいう、ちょっとしたサプライズが成功の秘訣だと思います。
C:大阪には、美味しいものがたくさんありますし、独自の土産物が結構あるように錯覚していました。そう言われてみると、大阪モノより、京都の「おたべ」や、三重の「赤福」の方が目に付いていたような気がしますね。初仕事から大成功だったようですが、現在の事業内容について教えてください。
事業内容は、企業のPRを請負うことです。といっても、一言で説明できず、いつも困っています。「PR」とは、英語のPublic Relations、いわゆる広報活動の頭文字をとった略語です。最近 “ステークホルダー”ということばをよく耳にする方もいらっしゃるかと思います。ステークホルダーとは、企業や団体とそれを取り巻く利害関係者のことをいうのですが、例えば、顧客や消費者、従業員や投資家など、その企業と密接に関係がある人たちのことです。PRとは、企業とそのステークホルダーの間に良好なコミュニケーション関係を構築していくことなのです。
商品販売の拡大や企業の経済活動を円滑に行っていくためには、まずステークホルダーに、企業の名前を知ってもらわなければなりません。どんな企業か知ってもらう、つまり知名度を上げることで信用力をつけ、販売につなげようということなのです。また、ブランディング(ブランドづくり)といったことでもPRが重要な役割を果たしています。マスメディア等を通じて企業の情報を伝達する方法には、「PR」と「広告」がありますが、日本でも広告を出せば売れるという時代は終わりつつあり、人と人とのコミュニケーションづくりとしてのPRへ注目が高まってきていると感じています。しかし、「PR」と「広告」はいつも密接に絡み合っており、両方で相乗効果を狙うのが広報戦略上必要なのです。
具体的な業務としては、例えば、ニュースリリースを書いたり記者発表会の準備をしたり、取材誘導やプレス・リレーションズづくり、マスコミ懇談会の準備と運営、さらに企画広報や広報戦略づくりのお手伝い等があります。また、トップ(社長)広報、並びにメディアトレーニングから、IR(ディスクロージャー制作など)や、リスク管理に関わる広報に至るまで、業務内容は幅広いです。
これからは、地元大阪の企業のニーズが、どのようなところにあるのかを探りながら、広い意味でのPRを手がけていきたいと考えています。例えば、企業から直接依頼を受けて、その企業の社長と、5年、10年後どんな会社にしたいかを伺いながら、そのためのPRについてじっくりとお手伝いできたら嬉しいですね。
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C:難しい言葉も並びましたが、奥の深い仕事ですね。PRの魅力を、どのような部分に感じておられますか。
私たちが関わった商品や情報が、色々なメディアに掲載されたり、放送されたりすると、その商品や会社に関わる人が皆さん喜んで下さいます。そして、そのPR活動によってお客様が増える、そして販路が拡大されることは、注目されたということです。その様子を見たり、聞いたりすることは、励みとなり、とても嬉しいですね。
C:仕事の結果が、多くの人の喜びで返ってくるというのは、大きな魅力ですね。ところで、大阪に来られて17年目とのことですが、大阪はいかがですか。
大阪は、食べ物が安くて美味しいですね。お陰さまで、体重がかなりオーバーしてしまいました。お医者さまからも、せめて身長から100を引いた体重にしなさいと言われています。(笑)
C:安くて美味しいものに囲まれると、どうしても起こる問題ですが、大阪の良いところは、それだけですか。
それは、とても大きいと思いますが、もちろんそれだけではありません。大阪の人はとても人間味にあふれていて、少し変な言い方ですが、楽しくお付き合いさせていただいています。(笑)
それから、阪神大震災前なら、関西は東京に比べると地震が少ないから良いと言えたのですが、今はそうとも言えません。たまたま、東京の友人と話している電話をスタッフに聞かれ、「社長は地震が嫌いだったのですね」と言われ、初めて気が付いたことなのです。
あと、大阪に来てから暫くの間は、言葉の壁を感じました。例えば、「アホや!アホや!」と続けざまに言われて、とても嫌な思いでした。同じ日本なのに、東京と大阪では、エスカレーターの立つ位置が違ったり、「たぬきうどん」がなかったり、たった500キロメートルしか離れていないのに、随分と文化の違いを感じます。それが、かえって魅力になっています。
C:大阪人は、本当にアホな人にアホとは言いません。どちらかと言えば、親しみを込めての言葉ですが、なかなか、その様には思えませんよね。ところで、仕事以外の時間は、どのように過ごされていますか。
休みは、あったり、なかったりです。休みの日は、普段は十分に出来ない掃除や洗濯など、家事をして過ごしています。それ以外では、集中して読書ですね。
C:今、一番の楽しみというと何ですか。
会社を無借金経営にすること。そして、個人的には住宅ローンが、だんだんと減っていくこと!(笑)
C:大阪に家を?では、東京に帰ることは、しばらくないということですね。
夫が、母と暮らしていてくれるので、有難いなと思っています。
C:ご主人は東京に帰られて、大阪に残られたのですね。大阪出身者が、東京で起業されたとか、大阪から東京に事業拠点を移されたというケースは聞きますが、生まれも育ちも関東で、大阪で起業されたというのは非常に貴重な存在なのではないでしょうか。
そうかもしれませんね。しかし、祖先をたどると、楠木正成の家来であると聞いているので、大阪のDNAを持っているのだと思います。天神花のPRをお手伝いした時に、大阪天満宮の寺井宮司から、20代遡ればみんな兄弟なのだと伺いました。そう思うと楽しいですよ。だから、大阪のために頑張らなくてはならないのだと…。
C:なるほど。離れて暮らしておられても夫婦円満の秘訣、ぜひ教えてください。
電話とメールなど、コミュニケーションですね。夜遅く、自宅に電話をかけてきていて、私の帰宅が遅いことが、夫に知れてしまうこともありますけれど。他には、記念日や親の命日などを、お互いに忘れないようにすることです。一番大切なのは、夫婦でありながらも、お互いに思いやりを持つことではないかと思います。また、美味しい料理を作ってあげることも、いいのではないでしょうか。たまには、料理ブック片手に作ることもありますよ。
C:夫婦円満の秘訣をお聞きすると、常に意思疎通の努力を怠らないことを挙げられることが多いです。夫婦に限らず、人間関係には大切なことだと思います。最後に、鈴木さんが、求めておられる人材について、教えていただけますか。
自分自身の意見を持ち、素直で、何事にもチャレンジしていける人でしょうか。チャレンジしないと、何も始まりませんからね。それから、常に問題意識を持って、仕事に取り組めることも大切だと考えています。
C:本日は、お忙しい中、ありがとうございました。
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cocopafe 編集後記 。。。
控えめで落ち着いた印象の、とても気さくな鈴木さんですが、単身大阪に残って事業を続けられているというからには、相当強いパワーを内に秘めておられるのではないかと思いました。ご主人の転勤という理由で、長年勤めた会社を退職して大阪へ来られ、起業。言葉や文化の壁も大きかっただろうと思いますし、東京に比べると大阪でのPRの仕事量は圧倒的に少なく、大変苦労されただろうと思うのですが、そのような様子は全く表には出されません。お話していると、どのようなことでも優しく聞いてくださる包容力が、とても心地良かったです。そつない大阪弁を操って、一芸に秀でる文化人になりたいとおっしゃる様子から、上品な大阪人という新しい浪花女の姿を想像してしまいました。しかし、ジェット機の爆音を聞くことや、ミステリー小説が好きというDNAに刷り込まれているらしい(?)趣味趣向からは、失礼ながら、熱い浪花女の素質が十分に窺えます。今年、創業15周年とのこと。これからも関西を起点に、PRを通して、さらに多くの人々に喜びの輪を広げていって下さい。
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text by ひびき証券・高松綾
| 鈴木さんへのメッセージをお待ちしております。 |
*件名に「ライフナビ:鈴木さんへ」とご記入ください。
*内容によっては受理できない場合もございますのでご了承ください。 |
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| Dec.2007 |
鈴木 美和子
すずきみわこ |
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有限会社オフィス・メイ 代表取締役 PRプランナー A型
大学卒業後、国際ピーアール株式会社(現・ウェーバーシャンドウィック・ワールドワイド株式会社)に入社し、秘書を5年、営業を7年経験し、夫の転勤に伴い大阪へ。船井総研ビジネススクール「マーケティング・プランナー」養成コースを終了し、JAFEポピンズサービス株式会社(現・ポピンズ・コーポレーション)入社、企画広報マネージャーに。その後、伴ピーアール株式会社PR顧問に就任、1992年にPRコンサルタント会社の有限会社オフィス・メイ設立。
http://www.officemay.co.jp |
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